2015年10月16日

ビットリオ・デ・シーカ

【 巨匠と呼ばれる監督たち5 】

ビットリオ・デ・シーカ 【Vittorio De Sica】
1902年〜1974年 出身イタリア
巨匠度★★  個人的オススメ度★★★

「ネオ・リアリスモの先駆者」
1945年、連合軍によりファシズム支配から解放されたイタリア。廃墟と貧困の敗戦国の悲惨な状況を脚色することなく、そのまま描いた1948年の傑作「自転車泥棒」によって彼の名は世界に知れ渡った。セットを組む予算もなく、すべて自然光で撮ったその作品は、ハリウッドに大きな衝撃を与え、アカデミー外国語映画賞を獲得する。
 ネオ・リアリスモの精神とは、『映画の歴史』に書いた「ドグマ95」に通じるものがあります。余計な脚色を可能な限り排除し、人間ドラマにのみスポットを当て現実を直視するという、その手法は当時のハリウッド批判にもなっていて、イタリアからは、彼以外にもロベルト・ロッセリーニの「無防備都市」が有名です。 「自転車泥棒」は唯一の商売道具である自転車を盗まれた父と子が、まる一日その行方を探し歩くという内容で、二人の目を通して困窮するローマ庶民の姿をリアルに映し出す。素人俳優を起用し、父と子の交流を描いた涙ものの作品です。必見! その後、ソフィア・ローレンと出会い、彼女にイタリアの母をみた彼は作風をガラリと変え、「昨日・今日・明日」「ひまわり」など彼女を主役にした、おおらかな人間賛歌の作品を作り出しました。特に「ひまわり」は哀切のメロドラマとして世界的に大ヒットしました。

代表作品
「自転車泥棒」・・・・・・・1948年 「ふたりの女」・・・・1960年
「昨日・今日・明日」・・・1963年 「ああ結婚」・・・・・1964年
「ひまわり」・・・・・・・・・・1969年

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2015年10月09日

ウィリアム・ワイラー

【 巨匠と呼ばれる監督たち4 】

ウィリアム・ワイラー 【William Wyler】
1902年〜1981年 フランス生まれ。出身ドイツ
巨匠度★★★★★  個人的オススメ度★★★★★

「すべてのジャンルを制覇した巨匠の中の巨匠」
1920年に渡米後、サイレントから70ミリ超大作まであらゆるジャンルで名作を撮り続けた巨匠中の巨匠。アカデミー監督賞にノミネートされること、なんと12回。「ミニヴァー夫人」「我等の生涯の最良の年」「ベン・ハー」で3度のオスカー受賞。
 ロマンティック・コメディの「ローマの休日」、サスペンスの「必死の逃亡者」、サイコものの「コレクター」、スペクタル史劇の「ベン・ハー」、ミュージカルの「ファニー・ガール」。これ以外にも文芸もの、西部劇、社会派ドラマなど、全ジャンルを制覇したといっても過言ではない。う〜んスゴイ。 ハリウッド関係者からは、90回ダメだしする事もあった事から「ナインティ・テイク・ワイラー」と言われますが、俳優からの信頼は絶大で、皆こぞって彼の 作品に出たがりました。彼の特徴は、細かいカットでつなぐのではなく、じっくりと撮る長回しと当時の最新技術パン・フォーカスの多用。パン・フォーカス は、カメラの前後にいるものすべてにピントが合う方式で「市民ケーン」でオーソン・ウェルズが初めて採用したものです。 「赤狩り」に際しては、終始リベラルな立場を貫き通し、共産主義者として追放された脚本家ドルトン・トランボをあえて「ローマの休日」の脚本家として起用(変名で)するなど、気骨のあることでも有名です。

代表作品
「我等の生涯の最良の年」・1946年 「ローマの休日」・・・1953年
「必死の逃亡者」・・・・・・・・・1955年 「ベン・ハー」・・・・・・1959年
「噂の二人」・・・・・・・・・・・・・1961年 「コレクター」・・・・・・1965年
「おしゃれ泥棒」・・・・・・・・・・1966年 「ファニー・ガール」・1968年
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2015年09月21日

アルフレッド・ヒッチコック

【巨匠と呼ばれる監督たち3】

アルフレッド・ヒッチコック 【Alfred Hitchcock】
1899年〜1980年 出身イギリス
巨匠度★★★★★  個人的オススメ度★★★★★

「サスペンスの神様」
サイレント映画の字幕書きとして映画界入りし、サスペンスとスリラーの神様として、その太った独特の風貌とともに愛された。サスペンスには辛かったハリウッドだが、1940年の「レベッカ」でアカデミー作品賞を受賞。生涯で54本の監督をするが、そのすべてがサスペンスというのも驚異的。 このスリルの原点は、少年期にあります。あまりの悪戯が過ぎ、厳格な父が警察署長に5分間だけ留置所に入れるよう頼まれ実際に入った経験や寄宿舎時代の鞭 で打たれた恐怖体験がベースになっています。サイレント出身の彼は、映像の持つマジックと雰囲気を特に重視しました。極力台詞は減らし、カメラワークで物 語を展開する手法は、後に多くのフォロワーを生みました。さらに英国ならではのユーモアを随所に入れることでも有名です。(彼自身も必ず映画の中で登場す る)小道具を利用した伏線の張り方や心理的葛藤を巧みな話術で積み上げる手法など、そのテクニックは他の追随を許さないものがあります。 イギリス時代には「バルカン超特急」「海外特派員」「第3逃亡者」などの名作がありますが、ハリウッドに渡った後、「レベッカ」「断崖」「裏窓」「ダイヤルMを廻せ」「めまい」「北北西に進路を取れ」「サイコ」「鳥」(う〜んどれも名作だなぁ。上記作品全て必見!)など強烈なヒットメーカーとして君臨します。「映画の歴史」でも書きましたが、さすがのハリウッドもヒッチコックには最終編集権を認め、好きなように撮らしました。 また実験精神のパイオニアでもありました。「ロープ」では、全編81分がすべてワン・カットでドラマと映写時間が一致すると言う長廻しの原点とも言われた技術を使っています。「サイコ」では有名なシャワーのシーン、44秒間を65ショットでつなぎモンタージュのお手本とされ、「鳥」では今見ると稚拙ながら合成画面の妙で、皆を驚かせました。そのほか「汚名」では2分30秒のキスシーンをワンショットで撮ったり、「めまい」の頭の上からカメラを廻すショットなど、あ〜もう切りが無いのでもうやめます。

代表作品
「間諜最後の日」・・・・・・1936年 「サボタージュ」・・・・・・1936年
「第3逃亡者」・・・・・・・・・1937年 「バルカン超特急」・・・1938年
「海外特派員」・・・・・・・・1940年 「レベッカ」・・・・・・・・・・1940年
「断崖」・・・・・・・・・・・・・・1941年 「逃走迷路」・・・・・・・・・1942年
「疑惑の影」・・・・・・・・・・1943年 「白い恐怖」・・・・・・・・・1945年
「汚名」・・・・・・・・・・・・・・・1946年 「ロープ」・・・・・・・・・・・1948年
「見知らぬ乗客」・・・・・・・1951年 「裏窓」・・・・・・・・・・・・1954年
「ダイヤルMを廻せ」・・・・1954年 「ハリーの災難」・・・・・1955年
「泥棒成金」・・・・・・・・・・・1955年 「知りすぎていた男」・1956年
「間違えられた男」・・・・・・1956年 「めまい」・・・・・・・・・・1958年
「北北西に進路を取れ」・・1959年 「サイコ」・・・・・・・・・・1960年
「鳥」・・・・・・・・・・・・・・・・・・1963年 「マーニー」・・・・・・・1964年
「引き裂かれたカーテン」・1966年 「トパーズ」・・・・・・・・1969年
「フレンジー」・・・・・・・・・・・1971年

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2015年09月14日

はじめに

【巨匠と呼ばれる監督たち1】

映画界で巨匠と言われている監督は多いですが、ここでは今当店で観ることの出来る監督、すなわち1950年以前に活躍した人は、作品の在庫が少ないのでカットさせて頂きます。 フランク・キャプラ、エルンスト・ルビッチ、ジャン・ルノワール、ジョン・フォードなどのファンの方、ごめんね。 あとお断りしておきますが、ここに掲載した作品の中で、現在廃版などの理由により、当店に置いていないものも含まれます。ゴメンネ。 私の独断での選択ですので、「彼が入っていないのはおかしい」等の苦情や文句もあろうかと思いますが、まあ許して頂戴。一応『巨匠』という勝手なイメージで、亡くなった方と現在70歳以上の方の中から選びました。

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チャールズ・チャップリン

【巨匠と呼ばれる監督たち2】

チャールズ・チャップリン 【Charles Spencer Chaplin】
1889年〜1977年 出身イギリス
巨匠度★★★★★  個人的オススメ度★★★★★

「すべてを1人でこなした天才コメディアン」
1950年以前の人はカットと書きましたが、チャップリンは例外。映画史上に輝く偉大なコメディアン兼監督。原案から製作、監督、脚本、主演、編集、音楽までひとつの作品を全て一人で完成させたのは彼一人だけ。 彼 は子供の頃からロンドンで舞台に立ち、1910年アメリカに渡り、すぐ映画界入り。役者だけでなく最初から演出も手がける。数多くの短編を製作した後、 1925年に作った「黄金狂時代」でその地位を確立した。トレードマークとなった山高帽、チョビひげ、ダボダボのズボンは、1915年からスタート。特に 「黄金狂時代」の中でナイフとフォークで自分の靴を食べるシーンは有名。またトーキー嫌いとしても知られ、初めて「モダン・タイムス」で歌を唄い自分の声を聞かせました。また音楽に関して言えば、「街の灯」で唄われた『ラ・ビオレテラ』と「ライムライト」のテーマ曲は曲の出来も素晴らしい。 彼の演出はとてつもなく厳しく、「街の灯」のラストなど100回以上のテイクを重ねたそうで、画面からは、ちょっと想像できません。また当然彼の芸はすべてスタントなしで行われ、スケート、綱渡りなどのサーカスなど天才的な彼の動きは、注目に値します。 チャップリンの笑いは、いつも涙と表裏一体でありノスタルジックなものでした。乾いたクールな笑いのバスター・キートンとは正反対で、彼のセンチメンタリズムが好き嫌いを分けそうです。 先に書いた『赤狩り』で指されるのを恐れスイスに移り住みますが、1972年アカデミー特別賞受章の為、久々にアメリカに戻ります。このシーンはなかなか感動的。私生活では、共演した女優との結婚離婚を繰り返し、ロマンスも華やかでした。

代表作品
「キッド」・・・・・・・・・・1921年 「黄金狂時代」・・1925年
「サーカス」・・・・・・・1928年 「街の灯」・・・・・・1931年
「モダン・タイムス」・1938年 「独裁者」・・・・・・1940年
「殺人狂時代」・・・・・1947年 「ライムライト」・・1952年

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posted by 映画のソムリエ at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 【 巨匠と呼ばれる監督たち 】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする